大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和26年(れ)978号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人鍛冶利一の上告趣意第一点及び第二点について。

しかし、食糧管理法三条一項違反の生産米不供出の罪は、定められた割当数量相当の生産米を、所轄地方長官により決定公布された供米期日に供出しなかったことによって成立するのである。即ち地方長官の供米期日の決定とその期日の公布とによって、生産者の供米義務は具体的に発生し、所轄市町村長の所論の如き売渡時期の通知は、右犯罪の成否にかかわりのないことはさきに本件について当裁判所が言渡した判例の示すところである。(昭和二三年(れ)一四〇六号同二五年七月一日大法廷判決)原判決には所論の如く、食糧管理法の適用を誤った違法はない。従ってかかる違法あることを前提とする憲法違反の論旨はいずれもとるを得ない。

同第三点について。

供米の割当数量が実収高を超過する場合には、その超過部分については供出の義務のないのは当然であるが、論旨自体からみても本件割当数量が被告人の実収高の範囲内であることは明白である。ところで本件犯罪当時における食糧管理法三条一項には「米殼、大麦、裸麦又ハ小麦(以下米麦ト称ス)ノ生産者又ハ土地ニ付権利ヲ有シ小作料トシテ之ヲ受クル者ハ命令ノ定ムル所ニ依リ其ノ生産シ又ハ小作料トシテ受ケタル米麦ニシテ命令ヲ以テ定ムルモノヲ政府ニ売渡スベシ」と規定し、同法施行規則において、供米割当の方法、売渡の手続等につき詳細に定めているのであるが、所定の手続を経て一旦決定された割当数量から所論の如く自家保有米に相当する数量を控除し、その残額を供出すれば足るとなすが如き規定は全然ないのである。即ち食糧管理法の建前としては、割当数量が実収高を超過するが如き場合を除き、正規に決定された割当数量は、一応その全量を供出せねばならないものと解するの外ない。してみれば、被告人の実収高が、かりに所論のとおりであったとしても、これによって被告人の本件割当数量の全量を供出する食糧管理法上の義務を免かれしめるものではないから、原判決にはこの点に関し、所論の如き法令違反はない。論旨は要するに、本件供米の割当は過大不当であるから、その割当全量を供出する義務はないとの独自の見解に基き、その義務ありとした原判決は食糧管理法に違反すると前提して憲法違反を主張するのであるが、その前提の誤れること前記の如くであるから、本論旨も採用できない。

同第四点について。

論旨は、刑訴四〇五条の主張に当たらない。また記録を精査しても、所論の如き事情を肯定して同法四一一条を適用すべきものとは認められない。

同第五点について。

論旨は、原判決に添わない事実を前提として憲法一四条違反を主張するものであるが、所論前提事実は、原判決にかかわりのないことであるから、論旨は適法な上告理由として認めることはできない。

同第六点について。

しかし憲法二五条一項の法意は、国家は国民一般に対して、概括的に健康で文化的な最低限度の生活を営ましめる責務を負担し、これを国政上の任務とすべきであるとの趣旨であって、この規定により、直接に個々の国民は国家に対して具体的現実的にかかる権利を有するものでないことは、当裁判所の判例とするところである(昭和二三年(れ)第二〇五号同二三年九月二九日大法廷判決)から、論旨はとるを得ない。

よって刑訴施行法三条の二刑訴法四〇八条により主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例